irootsのプロフィールには、正しい書き方の正解はありません。
一人ひとりが異なるユニークな経験や人生観を持っているからこそ、
それを飾らずに表現することが企業に響く強みになります。

このページでは、自分の好きなことを突き詰めたエピソードから、
挫折や失敗まで、自分らしさをストレートに書いて
企業から評価された多様な実例を紹介します。

多彩な書き方のバリエーションと、それに対する人事の評価ポイントを見て、
あなただけの独自のプロフィールを紡ぐ参考にしてください。

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正しい書き方の正解はありません。
一人ひとりが異なるユニークな経験や
人生観を持っているからこそ、
それを飾らずに表現することが
企業に響く強みになります。

このページでは、
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挫折や失敗まで、自分らしさをストレートに書いて
企業から評価された多様な実例を紹介します。

多彩な書き方のバリエーションと、
それに対する人事の評価ポイントを見て、
あなただけの独自の
プロフィールを紡ぐ参考にしてください。

irootsのプロフィールについて

ESの枠にとらわれない、詳細な自己表現フォーマット

学歴や資格のスペックだけで自分をアピールする必要はありません。これまでの経歴、仕事に対する個人の価値観、幼少期の原体験まで、あなたの個性をそのまま表現できる独自のフォーマットを用意。テンプレートではない、あなた自身の熱量が企業にダイレクトに届きます。

個性を真摯に受け止める、厳選された約400社

irootsに参画しているのは、学生の個性を重視する厳しい審査を通過した企業のみです。誰しもが知る大手企業から急成長企業まで、あなたの個性を真剣に理解しようとする約400社が直接プロフィールを読み込みます。

深い理解があるからこそ届く、本質的なスカウト

採用担当者が、一人ひとりのプロフィールを時間をかけて丁寧に読み込みます。表面的な自己PRではなく、あなたの考え方や価値観を深く理解した企業からのみオファーが届くため、通常ルートでは公開されていない特別な採用枠のスカウトに繋がります。

ユニークなプロフィール事例

企業から評価された11のプロフィール事例を紹介します。カテゴリから気になるテーマを選んで読むこともできます。

01幼少期から今まで

不登校・転校3回。正直に書くから伝わる強さ。

プロフィール例

【幼少期】 2歳から近所のスイミングスクールに通い始めた。3歳の頃には、姉が使っていたお下がりの図鑑をボロボロになるまで眺め、水の生き物の名前を片っ端から覚えていた。歩き始めてすぐの頃から、家族でよく近所の川べりを散歩していたのを覚えている。 【小学校時代】 低学年のうちは、水泳のほかにピアノも習っていて、練習量はかなり多い方だったと思う。ただ高学年になると、ピアノには興味を持てなくなり辞めている。代わりに、学校の図書室にあった環境問題の本を読み漁るようになった。5年生から地元の水泳クラブに移り、長距離種目を専門的に始めている。 【中学校時代】 水泳クラブでの練習量が増え、朝練と夜練を掛け持ちする生活が2年ほど続いた。中学2年の夏、練習中に貧血で倒れたことをきっかけに、部の担当医から摂食に関する問題を指摘された。しばらくは通院しながら競技を続けるかどうかの判断を迫られ、体重や食事内容を細かく記録する生活が半年ほど続いている。結局、中学3年の冬に競技からは退いた。この時期、クラスでも部活の話題に入りづらくなり、友人関係が一時的に希薄になっている。 【高校時代】 地元の全日制普通科に進学した。ただ、入学後まもなく、クラスの空気や決められた時間割の中で過ごすことに強い息苦しさを感じるようになり、1年の終わりに通信制高校へ転入している。そこでも同じ苦しさを感じ、その後、環境を変えれば気持ちも変わるかもしれないと思い、県外の公立高校に転入し直す。最終的にはそこで卒業した。合計3校を経験している。 転校を重ねた背景には、体調のことで周囲から特別扱いされることへの抵抗感があった。先生や同級生に、また体調のせいだと思われたくなくて、無理をしてでも「普通に」過ごそうとしてしまう時期が続いていたのだと思う。通信制に通っていた時期は、通院と並行してカウンセリングにも通っていた。この頃、家族との関係もぎくしゃくした時期があり、特に母とはしばらく食事のことで衝突が続いていた。 高校2年の途中から、地域のマスターズ水泳大会にボランティアスタッフとして関わるようになった。選手としてではなく運営側から競技に関わる立場を初めて経験し、当日の受付から表彰式の進行まで任されるようになった。当時一緒に活動していたボランティア仲間とは今も年に数回連絡を取り合っていて、大会のたびに顔を合わせている。県外の高校で過ごすうちに、無理に「普通」を演じなくても大丈夫だと思える友人ができ、成績も徐々に持ち直していった。 アルバイトは、スーパーのレジ、コンビニ、家庭教師、清掃スタッフを経験した。特にコンビニでは、深夜シフトのベテランスタッフに仕事の段取りを一から教えてもらい、初めて「頼られる」感覚を持てた場所だった。 【現在】 体力面での不安は今も完全になくなったわけではないが、日常生活や学業に大きな支障はない。栄養士資格の取得を目指し、通信講座を受講している。自分の経験もあって、将来的には食や体との向き合い方に悩む人のサポートに関わる仕事がしたいと考えている。

人事の評価ポイント

不登校や度重なる中退・転校という「マイナスに捉えられがちな挫折」を隠さず開示し、その背景にある「自分の譲れない美学」と「環境開拓力」として前向きに言語化できている点が非常に誠実であり、高い自己開示力として評価されます。

02こんな大人になりたい

結婚、介護、老後資金まで。仕事以外にも本気の計画。

プロフィール例

入社してからしばらくは失敗続きだと思う。先輩に迷惑をかけながらも現場に居続け、口だけでなく手を動かして信頼を積みたい。人間関係は広げるより、消耗しない距離感を保つことを優先する。実家の飲食店は繁忙期に手伝いに戻るつもりでいる。生活が落ち着き次第、iDeCoや積立投資、就業不能保険を検討し、老後資金と親の介護費用を見越した家計を早めに作っておきたい。20代は職場近くの賃貸を想定している。 30代は、会社に残るか独立して小さく始めるかの分岐になると考えている。結婚や出産のタイミングは明確に決めていないが、年齢によるリスクがあることは理解しているので、先延ばしにしすぎないようにはしたい。拠点は都市部ではなく、実家に近い地方都市を想定していて、親の急変にすぐ動ける距離を保つつもりでいる。在宅でも成立するスキルを意識的に伸ばしておきたい。 40代・50代は、部下や取引先への責任が増える一方、変化を嫌う年上の管理職にはなりたくないと思っている。人間ドックと運動習慣は継続し、仕事以外のコミュニティにも関わり、孤立しない生活を保ちたい。キャリアが伸び悩んだ場合は、地元で小さな会社を構え、自分の裁量で仕事を選べる働き方に移ることも考えている。動けるうちに、暮らしやすい地方や海外への移住も選択肢として持っておきたい。 60代以降は、親の介護と自分の終活が重なる時期になると思う。誰かの生活の基盤に関わり続け、最後まで手を動かしていた、という形で仕事を終えたい。特別な言葉を残したいわけではなく、自分が関わった何かの中に、確かに手を入れた跡が残っていれば、それで十分だと思っている。

人事の評価ポイント

仕事以外のことまで書かれたリアルな将来像に目が留まりました。綺麗事のキャリア目標ではなく、人生のリアルなリスクを見据えてここまで具体的に計画を立てている姿は、純粋にどんな人なのか会って話してみたいと思わせる強烈な個性です。 先々シナリオを想定して今から準備できる地に足のついた計画性は、ビジネスの世界でもトラブルを未然に防ぐリスク管理能力や、自走して成果を出す力として高く評価されます。

03こんな大人になりたい

役職も業界も未定。それでも伝わる、譲れない軸。

プロフィール例

【私の軸】 「困っている人に手を差し伸べられる仕事をしたい。」 【人生の設計図】 まずは事業会社で、現場に近いところから企画や運営に関わる仕事をしたい。そこで得た経験をもとに、いずれは地域や生活に根ざした分野で、自分で仕組みを作る側に回りたいと考えている。将来的に会社という枠にこだわるつもりはなく、行政や地域のプロジェクトなど、関わり方の形は変わってもいいと思っている。 正直、この先具体的にどんな役職や立場になるかまでは、今の自分にはまだ見えていない。ただ、誰かが喜んでいる顔を見たときの感覚だけは、多分ずっと変わらないと思う。 ・関わった人が実際に楽しんでいる姿を見たい ・仕事を作業にしたくない ・目立たなくても、いてよかったと思われる立場でいたい

人事の評価ポイント

役職や業界、会社という枠組みにすらこだわらず、「誰かが喜ぶ顔を見たい」という感覚だけを頼りに将来を語っている点が印象的です。曖昧な将来像を無理に具体化しようとせず、自分の中で確かなものだけを正直に書いている姿勢に誠実さを感じます。 具体的な役職や立場が定まっていなくても、この軸だけは一貫してぶれていない点に、将来どんな環境に置かれても自分を見失わない芯の強さを感じます。

04幼少期から今まで

じゃんけんで負けて始めた模擬店。泥臭さも立派な実力。

プロフィール例

(小学校時代) 近所の子ども会で毎年開かれる夏祭りの手伝いを、物心ついた頃から続けている。的当てや輪投げの屋台を大人に混ざって手伝わせてもらうのが好きで、来てくれた子が喜ぶ顔を見るのが単純に嬉しかった。運動は苦手な方で、水泳もサッカーも習い事は長続きしなかったが、この手伝いだけはなぜか毎年欠かさず参加していた。 (中学時代) バスケ部に所属していたが、球際の競り合いに毎回弱く、3年間レギュラーになれなかった。それでも辞めなかったのは根性論というより、単純に負けず嫌いだったからだと思う。文化祭では毎年、クラスの模擬店の買い出し係を任されていて、限られた予算でどう仕入れを工夫するかを考えるのが、部活よりむしろ性に合っていた気がする。 (高校時代) 文化祭の模擬店企画を仲間2人と回すことになったのも、正直じゃんけんで負けて押し付けられたのがきっかけで、最初から高い志があったわけではない。予算はほぼゼロで、地元の商店街に飛び込みで交渉し、食材を安く卸してもらえるようお願いした。前日の仕込みで冷蔵庫の容量が全然足りないことに気づき、深夜にコンビニの氷を買い占めに走ったこともある。あの時は本気で泣きそうだった、というのは誰にも言っていない。当日、閉店後のアンケートに「今日一番楽しかった」というコメントがいくつも書かれているのを見て、特別なことをしたわけでもないのに、仕組みを少し工夫するだけで人を楽しませられるのだと初めて実感した。 (大学時代) 大学では、地域の子ども食堂の運営を手伝うサークルに所属している。参加者を増やそうとSNSでの告知を提案したところ、真っ先に返ってきたのは「変な人が来ないか不安」という反対だった。何度も企画を練り直し、対象を絞った案内文に作り替えることで、ようやく実施にこぎつけている。今も月2回のペースで運営に関わっていて、来てくれる子どもたちの顔ぶれが少しずつ増えてきているのが、今のところの一番の手応えになっている。

人事の評価ポイント

就活用のエントリーシートには書かないような、自分の中で今も鮮明に覚えている出来事やその時の感情が、ありのまま書かれています。だからこそ、この人の飾らない人柄や等身大の姿がストレートに伝わってきます。 高い志から始まったわけではなくても、周囲の反対や想定外のトラブルに対して、逃げずに泥臭く工夫を重ねて解決に導いていく実行力があり、仕事でも信頼できる強みになります。

05私ってこんな人

「マグロみたい」と言われる自分。周りの一言も立派な自己PR。

プロフィール例

家族や友人からは、よく「マグロみたい」と言われる。じっとしているのが苦手で、常に何かしら動いていないと落ち着かない性分らしい。実際、予定が何も入っていない休日があると、逆に落ち着かなくなって、気づけば新しいバイトやサークルの説明会に申し込んでいることが多い。ただ、動き続けている割に一つひとつは意外と丁寧で、サークルの後輩には「常に何か抱えてるのに、雑になってるところ見たことないですね」と言われたことがあり、密かに嬉しかった。逆に、立ち止まって深く考える作業は苦手で、じっくり悩むより先に手を動かしてしまい、後から修正する場面もよくある。

人事の評価ポイント

「マグロみたい」という例えをそのまま載せているのがユニークで、一目で本人のキャラクターが伝わってきます。 常に動き回りながらも雑にならない丁寧さがあり、悩むより先に手を動かして突破していく推進力は、現場をどんどん動かしていく実務力として評価できるポイントです。

06幼少期から今まで

カフェ巡りが趣味なだけだった。「好き」の延長にある実行力。

プロフィール例

大学2年の春、学内でコーヒー同好会を立ち上げた。 もともとカフェ巡りが趣味で、大学近辺の気に入った店に足繁く通っていた。その店でよく顔を合わせる同じ大学の学生と話すようになり、「店で飲むだけじゃなくて、自分たちでも淹れてみたい」という話になったのが立ち上げのきっかけ。 コーヒーについて調べると、同じ豆でも挽き方や湯温、抽出時間で味がまったく変わることに驚きそこから一気にのめり込んだ。産地による味の違いや、浅煎り・深煎りでの香りの差を調べては、また淹れて確かめるのが楽しく、もっとコーヒーに詳しい人と会話をしたいと思い、同好会を立ち上げた。 最初は友人と2人だけの活動だったが、SNSでの発信と学内での声かけを続けた結果、発足から10ヶ月で会員数は58名まで増えている。 学園祭では、部員たちで選定した豆を使ったカフェを出店した。学園祭初出店という状況の中、普段から通っていた自家焙煎店を含む3店舗に個別で交渉し、通常価格より安く豆を卸してもらう条件をまとめている。焙煎度合いの異なる豆を5種類ほど選定し、それぞれの特徴をポップにまとめて来場者が選びやすいように工夫した。特に力を入れたのが、年代別のおすすめ提案で、酸味の効いた浅煎りの豆は同世代の学生向けに、コクの強い深煎りの豆は保護者や年配の来場者向けに勧める、という案内の仕方を店主と一緒に考えている。 抽出方法も、ハンドドリップだけでなくフレンチプレスの2種類を用意し、来場者が自分の好みに合わせて選べるようにした。特にフレンチプレスは、抽出を目にする機会が少ないこともあり、小さな子ども連れの家族にも好評で、当日は写真を撮っていく来場者も多かった。抽出方法については店主と細かくすり合わせを行い、味だけでなく提供スピードや会計の回転率にも気を配った結果、2日間で計250杯を提供し、来場者アンケートで飲食系企画の中で満足度1位を獲得している。大学の広報SNSにも取り上げられ、加盟店の中にはその後、学生の来店数が明確に増えたと話してくれる店主もいた。 代表としては、同好会運営の仕組み化にも取り組んでいる。1年間で、豆の飲み比べイベントや焙煎体験会、抽出器具の使い方講座など、延べ7回の企画を実施している。特に学園祭では、注文からドリップ提供までの動線を事前に紙に書き出して確認し、抽出方法ごとに担当を分けることで、混雑時でも待ち時間が伸びすぎないよう工夫した。原価計算や役割分担の手順も簡単なマニュアルにまとめ、自分が卒業した後も後輩だけで運営できる体制を整えている。

人事の評価ポイント

コーヒー同好会という、自分の好きなことから始まったオリジナルの活動自体がユニークで目を引きます。 趣味のサークルで終わらせず、お客さんの層に合わせたメニュー提案や、効率よく提供するための動線設計、さらには後輩に引き継ぐためのマニュアル化まで、ビジネスの視点を持って取り組めているのが素晴らしいです。好きなことへの熱量を、仕組み化して成果を出す力に変えられる強みがあります。

07幼少期から今まで

美大を諦めた後悔、今も本音のまま。整理しきれない葛藤も個性。

プロフィール例

幼少期から近所の絵画教室に通っていた。人前に出るのが得意ではなく、自分の意見を強く主張するタイプではなかったが、絵を描いている時間だけは集中して過ごせていたのを覚えている。 小学校では、写生大会で入賞したことをきっかけに、担任から「才能がある」と褒められ、その気になって毎日のように絵を描くようになった。高学年になると学級新聞のイラスト担当を任されることが多く、絵で人から頼られる感覚に居心地の良さを感じていた。 中学では美術部に入部し、油絵を本格的に描き始めた。顧問の指導は厳しく、基礎のデッサンを何百枚も描かされる日々だったが、その甲斐あって中学2年の市のコンクールでは特選をもらっている。ただ、この結果が後々の自分を苦しめることになるとは、当時は思っていなかった。 高校でも引き続き美術部に所属し、油絵を描いていた。県のコンクールで一度も入選できなかったことがずっとコンプレックスで、3年間、同じ先生に習っていた同級生が毎年入賞するのを横で見ていた。中学であれだけ結果を出せていたのに、高校では全く歯が立たなかった理由が、自分の中でいまだにうまく整理できていない。当時は、自分なりに時間もかけていたつもりだったので、結果が出ないことへの苛立ちを誰にもうまく説明できなかった。今でも、あの3年間で自分に才能がないことを認めるべきだったのか、まだ足りていなかっただけなのか、正直答えは出ていない。 大学受験は、美大への進学も考えたが、経済的な負担と将来性への不安から、最終的には普通大学の文学部に進んでいる。この選択に後悔がないと言えば嘘になる。予備校の先生には「絵は趣味でも続けられる」と言われたが、実際に受験から離れてみると、思っていたより気持ちの整理はつかなかった。今でも美術館に行くたびに、少し複雑な気持ちになる。 大学では文芸サークルに所属し、同人誌の制作に関わっている。最初に書いた小説は、先輩から「読者のことを考えていない」と指摘され、しばらく何も書けなくなった時期があった。半年ほどかけて、人の作品を読み込むことから再開し、少しずつ自分の文章を取り戻していった経緯がある。2年生の終わり頃からは、新入部員の原稿に目を通す係も任されるようになっている。 アルバイトは書店で3年続けている。最初の数ヶ月は、レジ対応もおぼつかず、先輩スタッフに何度も同じことを聞き直していた。棚卸しの時期は毎回体力的にきついが、自分が選んで面出しした本が実際に売れると、正直かなり気分が上がる。将来この経験がどう役立つのか、まだ明確な答えは持てていないが、少なくとも人に何かを勧める仕事は嫌いではないと感じている。

人事の評価ポイント

美大進学への後悔や過去の挫折など、今も整理しきれていない本音を飾らずに書いていて、この人の嘘のない誠実さが伝わってきます。 現実に葛藤しながらも、挫折したサークルで再び役割を見つけたり、バイトを3年続けたりと、目の前の環境にしぶとく向き合える粘り強さがあります。

08学生時代に熱中したこと

比較に疲れて、深夜に一人で走った夜。そこにある確かな価値観。

プロフィール例

「このまま生きていて、何が変わるんだろう」と思ったのは、高校2年の夏だった。 模試の結果と、部活の順位と、友人関係の些細な優劣。毎日それらの数字や序列に振り回されている自分に気づいたとき、急に馬鹿らしくなった。頑張って積み上げているものの多くが、誰かと比べるためだけに存在しているように思えたからだ。比較をやめた瞬間、自分には何も残らないのではないかという恐怖もあった。 そんな時期に始めたのが、深夜に一人で走ることだった。誰にも見られず、タイムも記録しない。ただ、体が動かなくなるまで走って、その先に何があるのかを確かめたかった。何十キロも走った後、意識が朦朧とする中で感じたのは、順位でも達成感でもなく、ただ「自分はまだここにいる」という単純な事実だった。それは、それまで求めていたどんな評価よりも確かなものに思えた。 比較の外側にある感覚を一度知ってしまうと、以前の生き方には戻れなかった。大学に入ってからも、周りが就活の軸をスペックや年収で語る場面に何度も出くわしたが、そのたびにあの夜のことを思い出す。誰かと比べて優れているかどうかより、自分がその場で本当に心を動かされているかどうかを、判断の基準にしたいと思うようになった。 今も走ることは続けているが、それは何かを証明するためではない。ただ、自分の輪郭を確かめるための時間として、これからも必要なものだと思っている。この感覚は、将来の働き方に対する考え方にもそのままつながっている。肩書きや条件だけで仕事を選ぶのではなく、自分が本当に手応えを感じられる仕事、他人との比較ではなく自分の実感を軸に続けられる仕事を選びたい。理想の生き方は、誰かに評価される人生ではなく、自分自身が「今ここにいる」と思える瞬間を積み重ねていける生き方だと思っている。

人事の評価ポイント

「このまま生きていて、何が変わるんだろう」という独自の問いかけから始まる人生観が、他のプロフィールと全く違っていて目を引きます。他者の評価に流されず、自分の納得感を追い求めてきた飾らない生き方が伝わります。 周囲の目やスペックに惑わされず、「自分自身が納得できるか」という確かな軸を持っているため、仕事においても本当に意味のある成果を粘り強く追求できる強みになります。

09幼少期から今まで

誰にも理解されなかった空き家めぐり。偏愛の先にある専門性。

プロフィール例

物心つく前から、近所の古い商店街を歩くのが好きだった。同じ通りなのに、店ごとに屋根の高さや壁の色がまちまちで、なぜ揃っていないのに全体としてはまとまって見えるのか、子どもながらに不思議だった。祖父が大工をしていたこともあり、家の増築現場に連れて行ってもらっては、柱が組み上がっていく様子を何時間でも眺めていた。工具の名前を覚えるのが得意で、祖父から「よくそんなの覚えるな」と驚かれたこともある。 小学校では、積み木やブロックで街を再現する遊びに熱中し、休み時間もそれだけをやっているような子どもだった。社会科見学で地元の古い長屋を見学した際、狭い路地に光と風を通すための工夫が随所にあることを知り、家に帰ってからノートに間取りを書き写していた。図工の授業で作った紙粘土の家が、校内の作品展で先生に褒められたことも、当時のちょっとした自信になっている。 中学では、地域の空き家問題を扱った新聞記事をきっかけに、放置された古民家の見学に一人で出かけるようになった。友人には理解されにくい趣味で、部活後にわざわざ遠回りして見に行くことを話すと、変わり者扱いされることもあった。それでも、建物の傷み方から、そこでの暮らしぶりを想像するのが楽しかった。文化祭の自由研究では、地元の空き家の分布と築年数を独自に調査し、地域の高齢化との関連についてまとめ、校内発表で優秀賞をもらっている。 高校では美術部に所属し、風景画を中心に描いていた。古い建物や町並みをスケッチするのが好きで、休日は一人でスケッチブックを持って近隣の街を歩き回っていた。設計関連の授業がない学校だったため、建築や構造に興味を持ったのは自分でも意外だったが、専門書を独学で読み進め、構造力学の基礎を自分なりに理解しようとしていた。文化祭の展示では、スケッチをもとに地域の建物の変遷をまとめたパネルを制作し、来場者から「町の記録として面白い」と声をかけてもらえたことが印象に残っている。進路を決める際、迷うことなく建築学科への進学を選んでいる。 大学では、空き家の改修と地域コミュニティの再生を組み合わせた研究室に所属し、実際に地元の古民家を一棟借り上げて改修する実践的なプロジェクトに関わっている。図面を引くだけでなく、施工業者との打ち合わせにも同席し、机上の設計と現場の制約とのギャップを日々実感している。子どもの頃に感じた「揃っていないのにまとまって見える街並み」の面白さを、今は構造や動線設計という言葉で説明できるようになりつつある。

人事の評価ポイント

幼少期の商店街歩きから大学での古民家改修まで、古い建物への一貫した偏愛が一本のストーリーで描かれていて、思わず引き込まれます。就活用の綺麗な志望動機ではなく、子どもの頃からの純粋な興味をここまで掘り下げてきた姿は、他の誰とも被らない強い個性として記憶に残ります。 専門書を独学で読み進める高い探求力と、実際の古民家改修で施工業者と折衝する行動力を兼ね備えており、実務においても圧倒的な自走力として評価できるポイントです。

10学生時代に熱中したこと

演劇、ワークショップ、日本語ボランティア。バラバラでも一貫した軸。

プロフィール例

学生時代に力を入れたのは、演劇活動と、その中で「相手にどう伝わっているかを確かめながら形にする」姿勢を身につけてきたことです。 中学では演劇部に3年間所属し、発声や間の取り方によって、同じセリフでも観客に伝わる印象がどう変わるのかを試していました。友人に協力してもらい、同じシーンを微妙に間を変えて何パターンか演じ、どちらが感情を伝えやすいか感想をもらって比較する、ということを繰り返しています。自分の感覚では違いがないと思っていた部分でも、聞いている側には全く違う印象になることがあり、自分の感覚だけを頼りにせず、実際に人に聞いてもらって確かめることの大切さを学びました。中学最後の公演では、地区の演劇コンクールで優秀賞をいただいています。 高校では、地域の子ども向け演劇ワークショップの運営に携わりました。中学時代とは違い、自分一人で演技を磨くのではなく、初めて演劇に触れる子どもたちに、体の動かし方や声の出し方をどう教えるかを考える必要がありました。自分が当たり前にできることを、そのままの言葉で伝えても子どもには通じないため、比喩や体を使った例えに置き換えて説明することを意識しています。ワークショップを重ねる中で、教える内容そのものだけでなく、「相手が今どこでつまずいているのか」を観察してから言葉を選ぶことの重要性も感じました。この活動は、地域の教育委員会から活動表彰を受けています。 大学では言語学系の専門分野を学びながら、日本語教育のボランティアにも力を入れました。地域の日本語教室で、外国にルーツを持つ子どもたちに実際に授業を行い、絵カードや身振りを使いながら言葉の意味を伝える方法を考えています。自分が理解していることと、相手が理解できることは同じではありません。授業を準備する中で、相手の母語や年齢に応じて「どこで説明を止めるべきか」を考え、伝え方を都度調整しました。 振り返ると、自分は昔から、伝えたい内容を一方的に発信するのではなく、実際に相手の反応を確かめながら、伝え方そのものを作り直していくことに力を注いできました。その姿勢は、演劇部、ワークショップ運営、日本語教育ボランティアと、形を変えながら続いています。

人事の評価ポイント

ガクチカでは大学生時代の一つの出来事だけで語られがちですが、大学の単一エピソードにとどまらず、中学の演劇から高校のワークショップ、大学の日本語教育ボランティアまで、「相手の反応を見ながら伝え方を工夫する」という一貫したテーマが綺麗に繋がっていて目を引きます。

11私ってこんな人

長所は友達7人に聞いた。短所込みの、飾らない人柄。

プロフィール例

長所:話しやすい、誘うとだいたい来てくれる、何時までも付き合ってくれる 短所:忘れ物が多い (友人Kさんから) 長所:頼み事を断らない 短所:特になし (後輩Hさんから) 長所:一緒にいて疲れない 短所:たまに何を考えてるかわからない (友人Yさんから) 長所:気配りができる、時間にきっちりしている、目上の人への対応がしっかりしている、頼まれたことは最後までやる、陰口を言わない 短所:頑張りすぎる、猫舌 (友人Aさんから) 長所:口だけじゃなくて実際に動くところ、後輩の面倒見がいい、優しい、地元の友達を大事にする、貯金がちゃんとある、朝に強い 短所:たまに言ってることとやってることが違う、少し自己中なところがある、静かにしてほしい場面で声が大きい (友人Jさんから) 長所:話を振るのがうまいところ 短所:やや飽きっぽい (友人Rさんから) 長所:とにかく明るくて場の雰囲気を良くする 短所:お人好しすぎてよく利用されそうになってる (幼馴染Kさんから)

人事の評価ポイント

自分の言葉で長所を語るのではなく、7人の友人・後輩に聞いた「他己紹介」をそのまま載せているのが新鮮です。都合の良い評価だけを選ばず、短所も含めて全員分を正直に開示している姿勢に、誠実さや素直さが表れています。

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